2分で読める生成AIのいま Vol.66 - CT画像から遺伝子まで、データ別「渡し方」の実務 ― 医療デジタルデータAI利活用ガイドライン③

法的な道筋(Vol.64)と法改正の動き(Vol.65)を見てきました。

最終回は、じゃあ実際にデータをどう加工して渡すの?という実務の話。データの種類ごとに手順が違います。

医療田さんと機械屋さんの会話でどうぞ。

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● いよいよ実務 ― 「使っていい」の先にあるもの

医療田:

ねえ機械屋さん。

Vol.64で法律の仕組み、Vol.65で改正法。

そろそろ「で、具体的にどうするの?」の話をしてくれると嬉しいんだけど。

機械屋:

お待たせしました。

今回はデータ利活用GLの中でも、一番実務寄りの部分です。

実際にデータを仮名加工して企業に渡すとき、何をどうするのか。

医療田:

よし。こういう話のほうが私は得意かも。

機械屋:

ただ、ここで大事なポイントがあります。

「医療データ」と一口に言っても、データの種類によって加工の方法がまるで違うんです。

医療田:

そうなの?

機械屋:

はい。ガイドラインでは5つのデータ類型に分けて、それぞれの加工手順を示しています。

医療田:

5つ、、。

機械屋:

①診療テキスト、②生理検査データ、③医用画像(DICOM)、④ゲノムデータ、⑤マルチモーダルデータ。

医療田:

ああ、、なるほど。

テキストと画像じゃ、そもそも「名前を消す」って言っても全然違うもんね。

機械屋:

その通りです。一つずつ見ていきましょう。

● ①診療テキスト ― 自由記載がやっかいな理由

機械屋:

まず最も身近な「診療テキスト」。

カルテの記載、検査レポート、紹介状、退院時サマリーなどですね。

医療田:

うんうん。毎日書いてるやつだ。

機械屋:

これを仮名加工するには、まず氏名・住所・電話番号・IDなどの直接特定情報を削除または置換します。

ここまでは想像つきますよね。

医療田:

うん。「山田太郎」を「患者A」に変える、みたいな。

機械屋:

そうです。でも、やっかいなのは自由記載の部分です。

医療田:

自由記載?

機械屋:

たとえば、カルテに「○○小学校の運動会で転倒」「△△工場勤務、粉塵曝露あり」と書いてあったら、学校名や勤務先から個人が特定できる可能性がありますよね。

医療田:

あっ。。

たしかに。「近所の○○クリニックから紹介」とか、普通に書いちゃうよね。

機械屋:

そうなんです。

定型フィールド(氏名欄、住所欄)の削除は機械的にできますが、自由記載文の中に散在する個人特定情報は、自然言語処理(NLP)を使って検出するか、人手で確認する必要がある。

ガイドラインでは、このテキストデータの匿名化処理が最も手間がかかる類型の一つだと位置づけています。

医療田:

へー、、

毎日何気なく書いてる文章が、仮名加工の観点では一番やっかいなんだ。

機械屋:

はい。AI開発のためにテキストデータを使うなら、この「自由記載の中の個人情報」への対処が最初のハードルです。

医療田:

じゃあ具体的にはどうするの?

一個ずつ手作業で消すわけにもいかないでしょ、何万件も。

機械屋:

ガイドラインでは、まず定型フィールド(氏名欄、ID欄など)は機械的に一括削除。

自由記載については、固有表現抽出(NER)と呼ばれるNLPの技術で人名・地名・施設名などを自動検出し、置換またはマスキングします。

その上で、自動検出の漏れがないか人手でサンプルチェックを行う、という二段構えが推奨されています。

医療田:

なるほど。機械でざっとやって、人間が仕上げをする、と。

機械屋:

はい。具体的な手順やチェック項目の詳細はガイドライン本文に記載されていますので、実際に取り組む際にはそちらを確認してください。

● ②生理検査データ ― 数値だから安心?

医療田:

じゃあ②の生理検査データは?

心電図とか、血液検査の数値とか。

機械屋:

生理検査データは、基本的に数値やグラフで構成されますから、テキストに比べると加工は比較的シンプルです。

ただし注意点があります。

医療田:

どんな?

機械屋:

検査データには、必ず患者IDや検査日時が紐づいています。

この紐づけ情報を適切に切り離さないと、他のデータと照合して個人が特定できてしまう。

医療田:

ああ、、

検査値だけ見たら誰だかわからなくても、「この日にこの検査を受けた人」で絞り込めちゃう可能性がある、と。

機械屋:

そうです。

また、まれな疾患の検査値パターンは、それ自体が個人を特定する手がかりになりうる。

たとえば、特定の遺伝性疾患で日本に数十人しか患者がいない場合、検査値のパターンだけで「この人だ」とわかってしまうかもしれない。

医療田:

なるほどね。。

数値だから安心、ってわけじゃないんだ。

● ③医用画像(DICOM) ― ヘッダに潜む個人情報

機械屋:

3つ目は医用画像。CT、MRI、X線、超音波など。

医療田さんにとっては本丸ですね。

医療田:

うん。放射線科医としてはここが一番気になる。

機械屋:

医用画像は一般的にDICOM形式で保存されています。

DICOMファイルは、大きく「ヘッダ」と「ピクセルデータ(画像本体)」の2つに分かれています。

医療田:

ふんふん。ヘッダにメタ情報が入ってるんだよね。

機械屋:

そうです。

問題はこのヘッダに、患者名、患者ID、生年月日、検査日、施設名、担当医名、、といった個人特定情報がぎっしり入っていることです。

医療田:

あー、、。

画像自体をぱっと見ても誰だかわからないけど、ファイルの中身には全部書いてあるんだよね。

機械屋:

はい。DICOM Anonymization(DICOM匿名化)という処理が必要になります。

ガイドラインでも、DICOMヘッダの中で削除・置換すべきタグのリストを整理しています。

DICOM規格自体にもPS3.15 Annex Eという匿名化プロファイルが定義されていますので、それをベースに加工します。

医療田:

それって、ツールがあるの?

機械屋:

はい。オープンソースのDICOM匿名化ツールはいくつか存在します。

ただし、ここでもう一つ注意点。

医療田:

まだあるの。。

機械屋:

ピクセルデータ、つまり画像本体にも個人情報が写り込むことがあるんです。

医療田:

あっ。

バーンインだ。

機械屋:

さすが放射線科の先生。

そう、画像の上に患者名や日付が「焼き込まれている」ケースがあります。

超音波画像やCRフィルムのスキャン画像に多いですね。

これはヘッダを消しただけでは消えない。

医療田:

、、それは画像処理で消すしかないってことだよね。

OCRで検出して塗りつぶす、とか。

機械屋:

そうです。

あとは3D再構成画像で、顔の造形が復元できるケースもあります。

頭部CTや頭部MRIから、皮膚表面を3D再構成すると、顔がわかってしまう。

医療田:

あーー。。

放射線科では有名な話だよ。頭部CTのボリュームレンダリングで顔が見えちゃう問題。

機械屋:

はい。ガイドラインでも、顔面領域のマスキングや、皮膚表面データの除去について言及されています。

● ④ゲノムデータ ― 究極の個人情報

機械屋:

4つ目はゲノムデータ。遺伝子の配列情報です。

医療田:

、、これは怖い気がする。

遺伝子って、その人そのものじゃない。。

機械屋:

おっしゃる通りです。

ゲノムデータは「究極の個人識別情報」と呼ばれることがあります。

なぜかというと、一卵性双生児を除けば、全塩基配列は一人ひとり異なる。

つまり、ゲノムデータそれ自体が個人を特定する力を持っている。

医療田:

名前を消しても、遺伝子配列自体が「名前」みたいなもの、、ってこと?

機械屋:

そうです。

さらにやっかいなのは、ゲノムデータは本人だけでなく、血縁者の情報も含んでいるという点です。

親子や兄弟の遺伝的特徴も推定できてしまう。

医療田:

、、それは本人の同意だけでは済まない話だよね、本来は。

機械屋:

その通りです。

ガイドラインでは、ゲノムデータについては特に慎重な取り扱いを求めていて、解析目的に必要な範囲に限定した部分データの提供や、アクセス制御の強化などが推奨されています。

全ゲノムデータをそのまま渡すのではなく、必要な遺伝子領域だけを抽出して渡す、という考え方ですね。

医療田:

なるほど。。

「必要最小限」の原則がここでも生きてくるんだ。

● ⑤マルチモーダルデータ ― 組み合わせのリスク

機械屋:

最後の5つ目がマルチモーダルデータ。

複数の種類のデータを組み合わせたものです。

医療田:

たとえば?

機械屋:

たとえば、あるがん患者さんについて、CT画像+病理画像+遺伝子変異情報+臨床経過テキストを一つのデータセットとしてまとめる、というケースです。

AI開発では、こうした複数モダリティのデータを組み合わせることで、より高精度なモデルが作れる。

医療田:

うん、それはわかる。

でも、、組み合わせれば組み合わせるほど、特定されやすくなるよね?

機械屋:

その通りです。

個々のデータでは個人を特定できなくても、複数を突き合わせると特定できてしまう ―― これを「モザイク効果」と呼びます。

医療田:

モザイク効果。。

パズルのピースを1個だけ見てもわからないけど、3個4個と集めれば絵が見える、みたいな。

機械屋:

まさにそうです。

ガイドラインでは、マルチモーダルデータについて、「個々のデータの匿名化だけでなく、組み合わせた際の再特定リスクも評価すること」を求めています。

単体では安全でも、セットにすると危険になりうる。

医療田:

、、医療データって、本当に奥が深いね。。

● まとめ ― 5つのデータ、5つの注意点

機械屋:

では全3回のシリーズを通してのまとめです。

・①診療テキスト:定型フィールドの削除に加え、自由記載中の個人情報の検出が必要。NLPまたは人手による確認

・②生理検査データ:数値自体は比較的安全だが、紐づけ情報の切り離しと、まれな疾患のパターン特定に注意

・③医用画像(DICOM):ヘッダのタグ削除、バーンイン情報のマスキング、顔面3D再構成リスクへの対処

・④ゲノムデータ:配列自体が究極の個人識別情報。必要な領域に限定した部分提供が原則

・⑤マルチモーダルデータ:個々のデータが安全でも、組み合わせの「モザイク効果」で再特定リスクが生じる

そしてシリーズ全体を振り返ると、

・Vol.64:法律の仕組み ―― 仮名加工情報と共同利用で「鍵のかけ方を変える」

・Vol.65:法改正 ―― 統計特例で「鍵の仕組みそのものが変わる」

・Vol.66(今回):実務 ―― データの種類ごとに「具体的にどう加工するか」

医療田:

守りのシリーズ(Vol.59〜63)は5回やったけど、攻めのほうは3回で一旦まとまったね。

機械屋:

はい。ただ、改正個人情報保護法の施行は2028年頃の予定です。

その間にガイドラインや規則も整備されていくでしょうし、施行のタイミングで改めて「何がどう変わったか」を整理する機会を設けたいと思っています。

医療田:

うん。

3回やってみて思ったのは、、

「守り」と「攻め」は別々のものじゃなくて、表裏一体なんだなってこと。

セキュリティをちゃんとやるから、データを安心して使える。

機械屋:

その通りですね。

Vol.59のチェックリストも、Vol.66のDICOM匿名化も、根っこは同じ。

「患者さんのデータを守りながら、医療の未来に活かす」。

このバランスが、これからの医療AIの鍵になるんだと思います。

医療田:

Vol.64では「鍵のかけ方を変えれば宝は使える」って話だったよね。

Vol.65では、その鍵の仕組み自体が法律で変わった。

で、今回は「じゃあ実際に金庫を開けて中身を出すとき、どう扱うか」。

機械屋:

はい。でも3回を通じて共通しているのは、「なぜ鍵をかけるのか」という理由の部分ですよね。

患者さんのデータを守る、という目的は、法律が変わっても、手順が変わっても、変わらない。

医療田:

うん。

鍵のかけ方は進化する。でも、鍵をかける理由は変わらない。

それが医療データの大前提、ってことだよね。

機械屋:

おっしゃる通りです。

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● よくある質問(FAQ)

Q. DICOM匿名化とは何ですか?

A. DICOM形式の医用画像ファイルから、患者名・患者ID・生年月日・施設名などの個人特定情報を含むヘッダタグを削除・置換する処理です。DICOM規格のPS3.15 Annex Eに匿名化プロファイルが定義されています。オープンソースの匿名化ツールも利用可能です。

Q. 画像のバーンインとは何ですか?

A. 患者名や検査日時が、画像のピクセルデータの上に直接「焼き込まれている」状態です。超音波画像やフィルムスキャン画像に多く見られます。ヘッダを削除しても消えないため、OCRで検出してマスキングする等の追加処理が必要です。

Q. ゲノムデータはなぜ特別な扱いが必要ですか?

A. 全塩基配列は一人ひとり異なるため、ゲノムデータ自体が個人識別力を持ちます。また血縁者の遺伝的情報も含むため、本人だけの問題に留まりません。ガイドラインでは、解析目的に必要な遺伝子領域のみを抽出して提供する方法が推奨されています。

Q. モザイク効果とは何ですか?

A. 個々のデータでは個人を特定できなくても、複数のデータを組み合わせることで個人が特定可能になる現象です。マルチモーダルデータ(画像+テキスト+遺伝子情報など)を扱う際は、組み合わせによる再特定リスクの評価が必要です。

Q. 自由記載テキストの個人情報はどう検出しますか?

A. 自然言語処理(NLP)技術を用いて、人名・地名・施設名などの固有表現を自動検出する方法があります。ただし精度は100%ではないため、人手による確認を組み合わせることが推奨されています。

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●参考

・厚生労働省「医療デジタルデータのAI研究開発等への利活用に係るガイドライン」第4章・第5章(2024年3月作成、2024年9月30日通知)

https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001307082.pdf

・厚生労働省「医療デジタルデータのAI研究開発等への利活用に係るガイドラインに関する留意点について」(2024年12月23日通知)

・日本医療機器産業連合会(JFMDA)「医療デジタルデータのAI研究開発等への利活用に係るガイドライン 企業向けガイダンス」(2024年12月25日)

・DICOM Standards Committee「PS3.15 Security and System Management Profiles, Annex E」

●関連記事

・Vol.65 「鍵の仕組み」そのものが変わる ― 改正個人情報保護法と医療データAI利活用②

(公開後に記入)

・Vol.64 病院の宝は、鍵のかけ方を変えれば使える ― 医療デジタルデータAI利活用ガイドライン①

(公開後に記入)

・Vol.60 「鍵のかかっていない金庫」で医療をしていませんか ― 3省2ガイドライン徹底解説①

https://www.youichimachida-ai.com/blog/2ai-vol60-32

・Vol.58 「うちのAIは医療機器じゃないので」が通じなくなる日 ― AISIヘルスケアAI安全評価ガイドを読む

https://www.youichimachida-ai.com/blog/2ai-vol58ai-aisiai

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https://www.youichimachida-ai.com/blog

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