2026年8月 旅行記 ~オランダ~

ここ数年、旅行はもっぱら北欧を中心に巡ってきました。

その延長で今年たどり着いたのがオランダです。

なるべく涼しく、緯度の高いところで過ごしたい――そして、史跡をめぐりたい。

そんな動機から選んだ国でしたが、行ってみると、想像していた何倍も「懐の深い国」でした。

芸術、酪農、運河、そして人。8月の1週間あまりの旅で受け取ったものを、印象に残った側面ごとに書き留めておきたいと思います。

●オランダという国の第一印象

まず驚いたのは、この国の「奥行き」です。

中世から近代にかけて、オランダが強い国力を誇った時期があったことは知識としては知っていましたが、その富がそのまま膨大な芸術作品として今も残り、数多くの芸術家を生んだ土壌になっています。その厚みが、街の随所で肌に伝わってきます。

オランダ国立美術館に置かれていたキャビネットですが、、わかりますか?日本の家紋がちりばめられているんです。

そしてもう一つが、酪農大国としての顔です。

国土に高低差が少なく、運河が縦横に発達しています。

あらゆる年にご覧のような運河が張り巡らされています。ボートを出して楽しんでいる人々の姿もよく見かけました。

電車での国内移動が多かったのですが、車窓には見渡す限りの平らな緑地が広がり、牛や豚、鳥、そして花畑まで、農業と酪農の営みがよく見えました。

インターシティトレインの車窓から。一面の牧草地と、放牧されている家畜があちらこちらに。写真は、、乳牛でしょうかね。

●気候 ― 暑さのなかの、乾いた涼しさ

訪れたのは真夏で、昨今ヨーロッパを襲う熱波の影響もある中の訪問。正直かなり暑い日もありました。

ただ、日本の夏と決定的に違ったのが湿度です。

カラッと乾いていて、気温のわりに――とりわけ日陰に入ると――とても涼しく感じられました。

同じ気温でも、あの蒸し暑さがないだけで、体の消耗がまるで違います。

日向と日陰の体感差が大きいのも印象的で、木陰のベンチや運河沿いに人々が集まってくつろぐ理由がよく分かりました。

●オランダの人々 ― みんな、よく話す

もう一つ、旅を通して感じたのが「オランダの人はお話が好きだな」ということでした。

カフェでも電車の中でも、あちこちで人々が実に楽しそうに語り合っています。電車などは静かにしているのがこちらとしては自然なので、、ちょっと面食らう場面も。

その空気は開放的で、旅人にも自然と伝わってきます。実際、こちらが観光していると、ふと隣の人から話しかけられる――そんな場面もありました(この出会いの話は後ほど)。


●ゴッホ美術館 ― 苦悩の中の希望

言わずと知れた、印象派の巨匠。その巨匠の作品を多数展示する「ゴッホ美術館」がアムステルダムにあります。

エントランスロビーの様子。

若い頃の作品からずっと順に見ていくと、彼が何に迷い、何を欲していたのかが、解説とあわせて少しずつ分かってくる。

すると、これまで見えなかった解像度で、絵の良さ――その必然性が見えてくるんです。デフォルメが過剰にすら感じていたその作風に、気が付けばいいえぬ感動を覚えていました。

こちらは晩年の作品。”黄昏の風景”というタイトルのようです。

中でも、アーモンドツリーや、桃の花などの、明るい花々を描いた作品は、苦悩の中にあってもどこかで希望を探っていた――そんな彼の心情が伺えるようで、胸に迫るものがありました。

苦難の中にあったゴッホ。その中でのこのようないやさせれる絵を描いていたことが、なおさら胸に迫りました。

また、浮世絵を克明に模写した作品もあり、その前後での彼の作風の変化も、またまた味わい深いものがあります。

〜ゴッホに限らず、オランダ滞在中は、各所で日本の文化との古くからの交流を目にすることになりましたが、それはまたおいおい触れていきたいと思います。


●ゴッホと「マーケティングの天才」

展示を見た後、ミュージアムショップを覗いて強く思ったことがあります。ゴッホの絵は、驚くほど商品展開しやすいのです。

見てください、この”映える「ひまわり」グッズの数々”w。


ひまわり、そして私がとても好きになった「花咲くアーモンドの枝(アーモンドツリー)」――一見すると静かなモチーフの作品まで含めて、デフォルメして商品に落とし込んだときの分かりやすさが際立っています。

これはマーケティングの観点でも学ぶところが多い。

強いモチーフを持ち、資本として展開しやすいこと。それ自体が、彼の作品が世界中で愛され続ける理由の一つなのかも、と感じました。

●アムステルダム国立美術館 ― 千年分の芸術

続いて訪れた国立美術館(Rijksmuseum)は、とにかく規模が桁違いでした。

千年近く前の作品から収蔵されていて、中世の宗教画を中心とした時代のものから、充実期の作品、さらに印象的な近代の作品まで、時代ごとに整理されています。

フェルメールの”牛乳を注ぐ女”も、国立美術館所蔵です。



何周しても回りきれないほどの大きさで、この国が積み上げてきた歴史の厚みを、物量として突きつけられた気がしました。


●王宮と、日本とオランダのえにし

アムステルダムの王宮に。

正直、事前の予定では長居するつもりはなかったのですが、行ってみると予想以上に心を動かされたものが多かったです。世界地図を床一面に見た時は、この国の長い歴史を痛感しました。

また、歴史的にもよく知られている通り、日本とオランダは古くから貿易関係で結ばれて来た仲。

館内には、今上陛下がオランダ王室と睦まじく収まっている写真や、皇室ゆかりと思われる展示物も。



それを、王宮を訪れた多くの人が熱心に見入っている。その光景を目にして、なんだか誇らしい気持ちになったのを覚えています。


●ユトレヒト ― ミッフィーと、オルゴール博物館

ユトレヒトは、アムステルダムから電車で30分ほど南にある古都です。運河沿いの旧市街と、街のシンボルであるドム塔で知られる、オランダで4番目に大きな街。

一つはミッフィー。ユトレヒトは作者ディック・ブルーナゆかりの街です。

といっても、"Miffy"という呼び名は実は、オランダ語の「nijntje(ナインチェ)」が外国人には発音しにくいからと、英語の翻訳者がつけた"世界共通の通り名"なんですよね。

母国オランダでは、あくまでナインチェ。nijntjeは「konijntje(小さなうさぎ)」を縮めた言葉だそうです。



ミーフィ、可愛いうさちゃん♪ のあのうたも、 ナ-インチェ♪ となるんですよ。

ちなみにのちなみに、、昔は日本では「うさこちゃん」だったそうですね(笑)。ご存知でしょうか。

あのシンプルな造形の世界観を堪能。博物館は子ども向けですが大人も楽しめます。

ミュージアム内にはカフェも!これだけで結構な値段ですが、ここはやむを得ないw。

訪れる日本人が多いのか、オランダ語・英語と合わせて日本語が表記されていました^^。

もう一つ、ユトレヒトではオルゴール博物館(Museum Speelklok)にも。実は私、オルゴールが結構好きで、岡山で十万円近いものを衝動買いした過去も…。

実はオランダは、街角で鳴り響く大型のストリートオルガン(draaiorgel/ドラーイオルヘル)の本場。

この巨大な自動演奏オルガンの文化は、世界でもオランダでとりわけ栄えたものだそうです。ユトレヒトのオルゴール博物館は、いわばその国立の殿堂。

手のひらサイズのオルゴールから自動演奏ピアノ、街頭オルガンまで、数百年前の楽器が今も現役で鳴ります。

車一台くらいのものや、壁一面の自動演奏楽器を、実演で聴けました。

この壁際のお城みたいな造形物が、1個のオルゴールだなんて、、信じられますかw?

係のお姉さん「お子さんにはちょっと音が大きいかも。耳をふさいでいただいてもいいですよー!」。たしかに博物館一面に響き渡る大音量でした。

そして実は後日、エダムのチーズマーケットで、いまだ現役のオルゴールを見つけたときには、、感激でしたねえ。

エダムのチーズマーケット。写真右下に、、わかりますか?今でもオルゴール、現役で働いています!

●運河・自転車・EV ― 街と移動から見えたオランダ

オランダといえば運河。

とにかく水路が多く、いたるところに張り巡らされていて、非常によく整備されています。運河沿いにはテラスが設けられ、船が停められ――その風景の使い方が本当に上手だと感じました。

移動といえば自転車も外せません。交通手段として当たり前に使われていて、これは昔からの文化なのでしょう。

ただ、一つ引っかかったのは交通ルールです。

歩行者と自転車、自転車と自動車が接触しかねない場面に何度も出くわし、自動車道に慣れないうちは、自分もヒヤリとすることがありました。

日本ならもう少しルールが徹底されている印象があります。これだけ自転車を活用している国だからこそ、法的な整備がさらに進めば、と思った次第です。

ガソリンは1リットル2.3ユーロほど。日本円で1リットル約400円と、かなり高い。その反動もあってか、日本の軽自動車よりさらに小さい電動の小型車や、同程度のサイズの大容量EVもたくさん見かけました。

小っちゃくておもちゃみたいで可愛い。。w
日本だとあまり見ませんけど。小型車好きなので、ついほしくなってしまいましたw。



●デルフト ― フェルメールと、青い陶器

デルフトは、アムステルダムから電車で1時間ほど南西にある、人口約10万人の小さな街です。

この街は、フェルメールの故郷であり、フェルメールの全作品レプリカなどを展示するフェルメールセンターがあります。

と同時に、事前にあまり把握していなかった収穫が。ロイヤルデルフト(Royal Delft)に代表される、青を基調とした陶器です。

去年訪ねたデンマークのロイヤルコペンハーゲンにも通じる美しい器で、もともとは中国の磁器をモチーフに、時代とともにオランダで独自に発達したものだそうです。

もっとも、事前に把握していなかったのは私だけで、妻ははじめから、こちらが狙いだったらしいw。

フェルメールセンターでのご縁から、現地のアンティークコレクターと仲良くなり、数世紀前の品を複数譲っていただきました。

16-17世紀のもの、、だったように記憶しています。



コレクターの妻は大喜び。「オランダに行く機会があればまたデルフトに行きたいなー」、だそうw。

妻の感想を抜きにしても、街並みは美しく、歴史を感じさせ、それでいて爽やか。また来たいと素直に思える素敵なところでした。



●フェルメールをめぐる、ちょっとした発見

フェルメールの作品は世界中に点在。今回あらためて調べてみると、現存する真筆はおよそ37点(うち数点は帰属に議論あり)。20世紀にアメリカの実業家たちが買い集めた結果、アメリカが最多で14点、次いでヨーロッパの各都市に散らばっています。そして日本にも1点、東京の国立西洋美術館に「聖女プラクセデス」があります――ただしこれは真贋に議論のある作品で、館の表記も「フェルメールに帰属」となっています。

面白いのは、徳島の大塚国際美術館に行けば、フェルメール作品の陶板複製が全点そろっていて、世界で唯一"全作品を一度に見られる"こと。本物は世界に散っていますが、複製でその全貌を体感できる場所が、実は日本にもあるのです。デルフトのフェルメールセンターで複製と技法に触れた体験とも、どこか響き合う話でした。



●デンハーグ ― 「真珠の耳飾りの少女」とマドゥローダム

マウリッツハイスで、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」を見ました。この作品は近く日本(大阪だったか)でも展示されるとのことで、現地で見られるかどうか少し不安もあったのですが、無事に本物と対面できて本当に良かったです。

そのあと訪れたマドゥローダムは、日本でいう東武ワールドスクウェアのような、ミニチュアの街。

正直に言えば、造形一つひとつのディテールの精巧さでは東武ワールドスクウェアに軍配が上がるかな、、と感じ、また日光行きたくなったほどでしたが、子どもたちも楽しめるよく出来た場所でした。

そこで食べたアイスクリームは、さすが酪農王国オランダのそれ、とても美味しかったです。

実物を食べる前に写真に収めるのを忘れた。。w




●エダムのチーズ市 ― 子どもの頃からの憧れ

オランダの路上に並ぶ、漬物石のような巨大なチーズ——

小中学生のころ、社会や地理の資料集に載っていたアレ。実は小学生の頃から憧れていたので、それを実際に目にして感動しました。

憧れの”アレ”が目の前に!

ただ、いざ手にすると想像以上に大きくて、、

どうしようコレ。同じくエダムで買って来たチーズスライサーでスライスして食べると、フレッシュでとても美味しい。

エダムの街並みも、歴史を感じる涼しげな佇まいでした。




●ライデン ― カフェの出会いが導いた寄り道、シーボルトと江戸

もともと予定にはなかったのですが、前日にカフェで知り合ったオランダ人のお二人に勧められ、急きょ向かうことにしたのです。

PwCのお二人さん、その節はありがとうございました。

連絡先交換すればよかった。。もし万が一、このサイトご覧いただけていたらご連絡ください!

ライデンは、アムステルダムから電車で40分ほど南の学術都市。

その中心にあるライデン大学は、1575年設立のオランダ最古の大学です。スペインへの抵抗をたたえてオレンジ公が市に贈ったのが起源とされ、オックスフォードやケンブリッジと並ぶヨーロッパ屈指の名門。しかも1855年には、世界で初めて「日本学部」を設けた大学で、今も日本を学ぶ学生や研究者が数多く集っています。

大学へ向かう途中の本屋さんでは、日本文化に係る書籍がたくさん。

まずは大学の植物園と温室へ。ここが思いのほか面白かった。

ウツボカズラや、ハエトリソウ(写真のあの、貝のような葉に虫を挟むアレです)、モウセンゴケといった食虫植物がずらりと並んでいて、正直、最初はちょっとグロテスクな印象もありました。

ところが解説を読んで腑に落ちた。彼らは、土壌の栄養が乏しい環境で、足りない養分を昆虫から補うために、ああいう姿に進化したのだそうです。なるほど、あの毒々しさにもちゃんと理由がある。生き延びるための知恵だと分かると、見え方がまるで変わりました。

そして、シーボルトの記念館へ。シーボルト(1796–1866)は、長崎・出島でオランダ政府に仕えたドイツ人医師。鎖国下の日本で、動植物から生活の道具、地図までを精力的に収集し、700種を超える植物を欧州に持ち帰った人物で、「日本における西洋医学・西洋科学の父」とも呼ばれます。

もっとも、展示を見ていて思ったのは、この人、かなり"やんちゃ"だな、ということ。

日本地図の持ち出しは母国オランダの要請もあったのでしょうが、葵の御紋や、植物の数々まで――よくもまあ、あれだけのリスクを冒して持ち帰ろうとしたものです。

実際それが発覚して捕らえられたというし(シーボルト事件)、それにしても、葵の御紋まで、よくぞ許してもらえたものだと、こちらがひやひやしてしまいました。

このシーボルトの旧宅が、今は**シーボルトハウス(Japan Museum SieboldHuis)**として公開されていて、オランダで最初の日本センターになっています。彼が集めた膨大なコレクションを通じて、鎖国下でも細く長く続いた日蘭交流の歴史を、じっくり学ぶことができました。

一つ、忘れがたい出会いも。受付にいたのは、背の高い、綺麗なオランダ人の女性でした。

私たちが日本人だと分かると、少し照れながら日本語で話してくれたのです。

日本語研究のメッカ・ライデン大学のお膝元で、シーボルトハウスに勤めている方。きっと日本を好きでいてくれているのでしょう。完全な役得でした。

それにしても、オランダ語を話しているときよりも、日本語のときの方が、どこか少しシャイに見えたのが印象的で。

話す言語が、その人の性格の出方まで少し変えるのかもしれない――そんなことを、ふと考えさせられました。


●レンブラントの家 ― 栄光と没落、そして皮肉な保存

金曜日は、まずレンブラントの家へ。レンブラントは生粋の、そして英才の画家で、若くして大きな成功を収めました。しかし残念ながら、妻を若くに亡くし、晩年はやや経済的に落ちぶれてしまいます。

ところが――そのおかげで、この家が残りました。破産にともなう財産の差し押さえで、家財の目録が詳細に作られ、それが後世の復元の手がかりになったのです。人生の不遇が、結果として貴重な文化遺産を今に伝えた。歴史の皮肉であり、同時に救いでもある話だと感じました。

写真は、物乞いの男女が会話しているところを描いたもの。説明には「おいてもともにあるのは多くの人が望むこと、ただし現実は違う」。。



●海洋博物館 ― 黄金時代の、光と影

海洋博物館では、オランダの黄金時代――植民地支配を続けたかの国の来し方を、絵画や当時の交易品の展示を通じて追体験できました。

栄華の裏にある支配の歴史も含めて、正面から向き合える構成になっています。そして当時の日本との交易に関する展示もあり、日蘭のつながりの古さと深さを、ここでも垣間見ることになりました。

昔の海図を三角測量と重りで手作業から作り上げた展示は圧巻でした。GPSのない時代に、これほど正確な地図を作った根気には、ただただ頭が下がります。


●アンネ・フランクの家 ― 妻の強い願いで

そしてアンネ・フランクの家。

ここは実は、オランダ旅行が決まったとき、いちばん最初に予約をした場所です。恥ずかしながら私自身はアンネについて多くを知らないまま訪れることになったのですが、幼少の頃から『アンネの日記』に強い思い入れを持つ妻の、たっての希望でした。

「アンネの家」のすぐ近くにある、アンネの銅像。

当時アンネたちが身を潜めていた隠れ家の様子を、その時代背景や、生き残った人々の証言を通じて追体験します。館内は撮影が一切禁止でしたが、だからこそ、目と心に強く焼き付きました。知識が乏しいまま入った私でも、あの空間の重みは、言葉を超えて伝わってきました。

アンネの家の見学を終えた道中。すでに20時を回っていたはずですが、まだ明るい。しばらく物思いにふけりました。



●食 ― 新鮮な乳製品、アルメニア料理、そしてポテトフライ

食の話も。

酪農大国だけあって、牛乳や乳製品、とりわけチーズが充実しています。

全体的に物価の高いオランダにあって、乳製品はむしろ手頃で、しかも新鮮で美味しい。

旅費節約のためスーパーでの買い物が多かったのですが、それでも新鮮な乳製品は存分に堪能できました。

外で食べると、朝のカフェや昼ごはんでも3人で1万円前後と、物価は決して安くありません。ただ、どこで食べても結構おいしいのは、さすが食文化の豊かな国だと感じました。

手前が、卵とチーズのオープンサンド、オランダの定番料理だそうです。シンプルな外見ですが、これがとてもおいしい^^。

こちらは(甘くない)オムレツ。もはや”小麦の奴隷”でしたw。


●ちょっと悔しい、カードの話

最後の方に二度ほど訪れた「De Bakkerswinkel」というベーカリー系のカフェが、とても良かったです。

裏庭がとてもおしゃれでした。

ここで買ったレモンカードとパッションフルーツカード(果実の凝乳スプレッド)が絶品で、楽しみに持ち帰ろうとしたのですが――

リュックの奥にしまったまま、スーツケースに移すことなく税関まで持っていってしまい、そこで泣く泣く廃棄する羽目に。

これは本当に残念でした。。

日本でも似たカードを探してみましたが、なかなかないものですね。またオランダに行く機会があれば、今度こそ日本まで持ち帰って堪能したいと思います。

●人との出会い ― カフェで

アムステルダムでアンティークショップを巡った日、休憩に入ったカフェで、隣に座っていたオランダ人の男女お二人から話しかけられました。

コンサルティング会社PwCに勤め、日本を訪れたことのある男性と、これから日本を訪れる予定の女性。

しばし楽しく語り合いました。今思えば連絡先を交換しておけばよかったと少し後悔しています。もしこの記事を目にすることがあれば、ぜひ連絡ください!

●おわりに

芸術、酪農、運河、歴史、そして人。オランダは、どの側面から切り取っても奥行きのある、懐の深い国でした。涼を求めて選んだ国で、これほど多くのものを受け取るとは思っていませんでした。史跡をめぐるうちに、日本とオランダの長いつながりにも幾度となく出会い、旅の間じゅう、静かな誇らしさが胸にありました。また必ず、訪れたいと思います。

●お断り

本記事で触れた気候の体感、国民性や風習などの印象は、短い滞在のなかで私個人が感じたものです。人や地域、時期によって当然に変わります。もしかすると、正確さにかける箇所もあるかも。。

それでも、旅で得た自分の感覚を大切に共有したいと思い、率直に書きました。一人の旅人の主観として読んでいただけたら幸いです。

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